長い間、疎遠になっていた親の家を訪れたとき、私の目に飛び込んできたのは、尋常ではないゴミの量に占拠された住まいの成れの果てでした。玄関から一歩も入れず、窓から見える室内は、まるでゴミのダムが決壊したかのように物が溢れ出していました。そのゴミの量を前にして、私が最初に感じたのは怒りでした。なぜこんなになるまで黙っていたのか、自分をこれほどまでに粗末にして平気だったのかという、やり場のない憤りです。しかし、数日間かけてゴミの量を減らす作業を手伝ううちに、その感情は深い悲しみへと変わっていきました。ゴミの山の隙間から出てくるのは、私が子供の頃に描いた絵や、大切に保管されていた家族写真でした。親にとって、増え続けるゴミの量は、失われていく記憶や繋がりを繋ぎ止めるための、必死の抵抗だったのかもしれません。誰にも頼れず、社会から取り残されていく不安が、物理的な物の壁となって現れていたのです。親戚や近所の人からは「早く片付けろ」と冷たい言葉を浴びせられましたが、当事者である家族にとって、ゴミの量を減らす作業は、親の人生の失敗を突きつけられるような、身を切るような痛みを感じる行為でもあります。膨大なゴミの量を前にして、私たちは何度も挫けそうになりましたが、それでも一袋ずつゴミを出していく中で、親との対話が少しずつ復活していきました。多忙な現代人にとって、巨大な段ボールを解体し、ビニール紐で縛って資源ゴミとして出す作業は、想像以上に高いハードルとなります。この「流入と流出のアンバランス」が続くことで、部屋は加速度的に不用品に占拠されていきます。また、デリバリーサービスの普及は、生ゴミの管理という生活の基本スキルを退化させました。プラスチック容器に入った残飯がそのまま放置され、異臭や害虫の温床となる。このような形でゴミ屋敷が増えている現状は、利便性が私たちの生活能力を奪い、精神的な虚無を物で埋めようとする現代病の一種とも言えます。ゴミの量が減っていくにつれ、親の表情にも明るさが戻り、最後には「迷惑をかけて済まなかった」という言葉を聞くことができました。ゴミ屋敷の片付けは、単なる掃除ではありません。それは、溜まってしまったゴミの量と同じだけの時間をかけて、歪んでしまった家族の形を修復していく、再生のための儀式だったのだと今は思います。
ゴミ屋敷のゴミの量を目の当たりにした家族の本音