ゴミ屋敷という言葉を聞くと、多くの人は特殊な病気や激しい精神的ショックが原因だと考えがちですが、実際には「めんどくさがり」という誰にでもある性格の延長線上にそのリスクが潜んでいることはあまり知られていません。自称めんどくさがりの人々が、なぜ自室をゴミ屋敷に変えてしまうのか、そのプロセスは非常に緩やかで自覚症状がないのが特徴です。最初は、飲み終えたペットボトルを明日の朝に捨てようという小さな先送りに過ぎませんでした。しかし、その「明日」が「明後日」になり、一週間が経過するうちに、部屋の隅には数本のボトルが溜まります。めんどくさがりな性格の人は、一度にまとめてやろうとする傾向がありますが、ゴミの量が一定の閾値を超えると、今度はその量を見るだけで片付けという行為自体が億劫になり、さらに先送りを繰り返す悪循環に陥ります。心理学的に見れば、これは実行機能の低下やセルフネグレクトの入り口とも言えますが、本人はあくまで「自分は単にめんどくさがりなだけだ」と過小評価してしまいます。部屋が散らかっていることへの羞恥心よりも、片付けという膨大なエネルギーを必要とする作業への拒絶感が勝ってしまうのです。また、めんどくさがりな人は、物の定位置を決めることや、出した物を元に戻すというルーチンを嫌う傾向があり、これが散らかりを加速させます。床が見えなくなるまでにはそれほど時間はかかりません。足の踏み場がなくなる頃には、もはやどこから手を付けていいか判断ができなくなり、思考停止状態に陥ります。この段階に達すると、もはや本人の性格的なめんどくさがりという枠を超え、外部の助けなしには脱出できないゴミ屋敷が完成してしまいます。ゴミ屋敷の住人に対して周囲が「だらしない」と責めることは簡単ですが、その根底にあるのは、現代社会の過酷な生活の中で、生活の維持という基本的な活動に対する意欲を摩耗させてしまった結果としてのめんどくさがりかもしれません。
ゴミ屋敷化を招くめんどくさがりの深層心理