私は昔から、周囲からだらしないと言われる典型的なめんどくさがりでした。学校の宿題はいつも期限ギリギリで、掃除当番は適当にやり過ごす、そんな性格が災いして、一人暮らしを始めてからわずか一年で私の部屋はゴミ屋敷と化しました。最初からゴミを溜めようと思っていたわけではありません。ただ、仕事から帰ってきて疲れているときに、ゴミを分別して袋に詰め、決められた曜日の朝に外へ出すという一連の動作が、とてつもなく重労働に感じられたのです。最初はコンビニの弁当ガラを一晩放置しただけでした。それが数日分になり、一週間分になると、部屋には独特の臭いが漂い始めました。それでも私は、次の休みにまとめてやればいいと考えていました。しかし、いざ休みの日になると、溜まったゴミの量を見て「今日はゆっくり休みたいから来週でいいや」と、さらに先送りをしました。この先送りの繰り返しが、めんどくさがりの本当の恐ろしさです。ゴミの山が膝の高さまで達したとき、私は完全に部屋を片付ける気力を失いました。友人を呼ぶこともできなくなり、宅配便の対応さえもドアを少しだけ開けて済ませるようになりました。部屋が汚れていくにつれて、自分の心も荒んでいくのが分かりました。めんどくさがりの私にとって、ゴミ屋敷は私の心の投影であり、社会からの逃避場所でもありました。しかし、ある時、足の踏み場がないために転倒し、ゴミの角で怪我をしたことがきっかけで、ようやくこのままではいけないと気づきました。結局、親族に泣きついて業者を呼び、多額の費用を払って部屋を綺麗にしましたが、あの時の絶望感は今でも忘れられません。めんどくさがりという言葉で自分の甘えを正当化し続けた結果、私は住む場所さえも失いかけていたのです。もし今、かつての私のように、めんどくさいという理由でゴミを溜めている人がいるなら、その一歩が取り返しのつかない場所に繋がっていることを伝えたいです。