私は、いわゆるゴミ屋敷と呼ばれる、不用品に埋め尽くされたアパートの一室で五年以上過ごしてきました。最初は、ただ片付けが苦手なだけだと思っていましたが、気づけば床は見えなくなり、ゴミの山が自分の背丈を超えるほどになっていました。その中で、私はネズミの存在を当初は「同居人」のように楽観的に捉えていました。夜中にカサカサと音がしても、彼らが自分を襲うことはないだろうと、どこか麻痺した感覚でいたのです。しかし、そんな私の歪んだ平穏が打ち砕かれたのは、ある寒い冬の夜のことでした。就寝中、私の足元に温かく、柔らかなものが触れた感覚で目が覚めました。ライトをつけると、私の布団の上に数匹のネズミがいて、私の顔のすぐ近くまで迫っていたのです。さらに驚いたことに、彼らは私が大切に保管していたはずの書類や、亡くなった母の形見の着物をかじり、巣の材料にしようとしていました。その光景を見た瞬間、私の中にあった「これでも何とか生きていける」という根拠のない自信が、音を立てて崩れ去りました。ネズミは私を敬っているわけではなく、単に私の生活空間を、彼らの繁殖と生存のための資源として消費しているだけだったのです。その翌日、私は激しい羞恥心と闘いながら、ゴミ屋敷の清掃とネズミ駆除を請け負う業者に電話をかけました。作業員の方が部屋に入り、ゴミの層を剥がしていくたびに、そこから現れる夥しい数の糞や、ネズミに食い荒らされた生活の跡を目の当たりにし、私は自分の愚かさを呪いました。駆除作業の中で、ネズミに完全にかじり切られた電気コードが見つかり、スタッフの方から「あと数日遅ければ火事になっていたかもしれません」と言われたとき、全身の血の気が引く思いがしました。すべてのゴミが運び出され、プロの技術でネズミの侵入口が塞がれ、部屋に静寂が戻ったとき、私は初めて「人間として生きる」ということの意味を理解しました。ネズミがいなくなった部屋は、とても広く、そして何より空気が澄んでいました。私はあの夜、ネズミに布団を占領されたことで、ようやく自分の人生を取り戻す勇気をもらったのだと思っています。ネズミ駆除は、単なる掃除ではありませんでした。それは、ゴミの山に埋もれて死にかけていた私の心を引きずり出し、再び太陽の下で生きていくための再出発の儀式だったのです。
あるゴミ屋敷の住人がネズミ駆除を決意した転換点