私の部屋がゴミ屋敷と呼ばれる状態になってから、およそ十年の月日が流れていました。その間、私がどこでどのように眠っていたのか、今思い返すと自分でも信じられないような光景が浮かび上がります。最初はベッドの上に少し物が置かれている程度でしたが、いつの間にかゴミの領土は広がり、私が体を横たえるスペースは日に日に削られていきました。最終的に私が寝床としていたのは、部屋の隅にある、わずか五十センチメートルほどのゴミの隙間でした。そこにはかつて布団だったであろう、湿り気を帯びて黒ずんだ布の塊があり、私はその上に丸まって眠っていました。周囲にはコンビニ弁当の空き殻や飲みかけのペットボトルが壁のようにそびえ立ち、寝返りを打てばそれらが雪崩のように崩れてくる、そんな恐怖と隣り合わせの睡眠でした。夏場は熱気がこもり、ゴミの下から湧き出る得体の知れない虫たちに肌を噛まれながらも、私はそこを自分の居場所だと思い込んでいました。冬場はゴミの山が冷たい隙間風を遮ってくれることにさえ、歪んだ感謝の念を抱いていたのです。なぜ、もっと早く片付けようとしなかったのか。それは、汚い部屋で眠ることに慣れてしまうと、脳が正常な判断力を失っていくからです。慢性的な睡眠不足と不衛生な空気は、私の意欲を根こそぎ奪い去り、明日こそは片付けようという決意を、深い眠りの中に溶かしてしまいました。ゴミの中で眠るという行為は、自分自身をゴミと同等の価値しかない存在として扱うことに他なりません。私は毎晩、自分を呪いながらも、その狭い窪みの中に逃げ込んでいました。変化が訪れたのは、清掃業者が入り、私の寝床を跡形もなく撤去したときでした。長年私の体を支えていたゴミの地層からは、凄まじい悪臭とカビが噴き出し、それを見た瞬間、私は自分がどれほど恐ろしい場所で命を繋いでいたのかを突きつけられました。新しいアパートで、真っ白なシーツが敷かれた平らなベッドに横たわった夜、私はあまりの心地よさに涙が止まりませんでした。足を伸ばして眠る。たったそれだけのことが、これほどまでに人間を自由にし、前向きな気持ちにさせてくれるものだとは知りませんでした。ゴミ屋敷で眠っていた十年間は、私の魂が冬眠していた期間だったのかもしれません。今、私は毎朝、太陽の光を浴びて清潔な部屋で目覚める幸せを噛み締めています。