数年ぶりに帰省した実家の台所を見て、私は激しいショックと悲しみで立ち尽くしました。かつて、私が大好きだった肉じゃがや味噌汁を毎日作ってくれた母の城は、今や賞味期限切れの調味料と、いつのものか分からない新聞紙、そして使い古したビニール袋の山に埋め尽くされていました。そこは、料理を作る場所ではなく、親の「衰え」と「孤独」を詰め込んだ倉庫のようになっていたのです。冷蔵庫の中を確認すると、同じ納豆が五パックも重なり、奥の方からは黒ずんだ正体不明の野菜が出てきました。母は「忙しいから片付かないだけ」と笑って誤魔化そうとしましたが、その震える手と力ない視線が、現状を維持することさえ困難になっている現実を物語っていました。ゴミ屋敷化したキッチンは、高齢者のセルフネグレクトの最も顕著なサインです。身体が思うように動かなくなり、ゴミを出すという作業さえ重荷になったとき、台所という最も手のかかる場所から生活は崩壊していきます。料理を作らなくなることは、生きる意欲が減退している証拠でもあります。私は母を責めるのではなく、一緒に片付けをすることを選びました。山積みのゴミを一つずつ袋に入れながら、母が「もったいない」と取っておいた空き瓶や古い割り箸を、優しく、しかし確実に処分していきました。作業を進めるうちに、ゴミの下から私が小学生の頃に使っていたお弁当箱が出てきたとき、母は声を上げて泣き出しました。ゴミ屋敷は、母が寂しさを埋めるために、過去の記憶にしがみつこうとした結果だったのかもしれません。キッチンがきれいになり、再び水道の蛇口から透き通った水が流れるようになったとき、母は久しぶりに「何か作ってみようかしら」と呟きました。料理という営みは、誰かのために、あるいは自分のために「明日を生きる準備」をすることです。ゴミ屋敷を解消し、台所を復元することは、親の人生に再び光を灯すことでもありました。今、母のキッチンには最低限の清潔な道具だけが並んでいます。派手な料理はできなくても、自分で丁寧にお茶を淹れ、簡単な煮物を作る。その静かな時間が、母の尊厳を守っているのだと私は信じています。
実家の台所がゴミ屋敷化したことで知った親の衰えと孤独