ゴミ屋敷という現象を心理学的な観点から分析すると、住人が料理を放棄していくプロセスには、深い「セルフネグレクト(自己放任)」が関わっていることが分かります。料理という行為は、自分の身体を作る栄養を自分で用意するという、最も基本的な「自己愛」の表現です。この行為が失われるということは、住人が自分自身をケアする価値がない、あるいはそのエネルギーさえも枯渇してしまっていることを示唆しています。最初は、洗い物が面倒だという些細な感情だったかもしれません。しかし、ゴミが部屋を占拠し、社会との繋がりが薄れるにつれ、「自分のためにわざわざ料理を作る」ことの意味が見失われていくのです。ゴミ屋敷の住人がコンビニ弁当やカップ麺を、散乱したゴミの上で食べる姿は、外界から自分を遮断し、自分をゴミと同化させてしまっている心理状態の現れでもあります。そこには「味わう」という感覚は存在せず、ただ空腹を黙らせるという防衛反応だけがあります。料理を放棄することは、自分の人生の主導権を放棄することでもあります。私たちがゴミ屋敷の清掃支援を行う際、キッチンの再生に最も時間をかけるのは、そこが住人の「自己肯定感」を回復させるための聖域だからです。きれいになったキッチンで、住人が自分でお湯を沸かし、一杯のお茶を淹れる。その行為ができるようになることは、彼らが再び自分を大切にし始めたという、力強い回復のサインです。私たちは、ゴミを捨てること以上に、住人の「心の詰まり」を取り除くことを目指しています。料理は、五感すべてを使う高度な活動であり、それを再開することは脳を活性化させ、鬱積した感情を解放する効果もあります。自分のために火を使い、包丁を握る。その瞬間、住人はゴミ屋敷の住人ではなく、一人の「生活者」に戻るのです。キッチンの再生は、心の再生です。不衛生な環境で料理をすることを諦めてしまった人々に、清潔な場所で美味しいものを食べる喜びを思い出させること。それこそが、ゴミ屋敷問題を根底から解決するための、最も慈愛に満ちたアプローチであると信じています。
ゴミ屋敷の住人の食生活に隠された心理と料理の放棄