日本各地で高齢のゴミ屋敷住人が増加している現状は、超高齢社会が抱える深刻な歪みの表れと言えます。かつてのように多世代が同居し、地域全体で高齢者を見守っていた時代とは異なり、現在は単身世帯の高齢者が急増しています。彼らの多くは、配偶者との死別や子供たちとの疎遠により、社会的な孤立状態にあります。特殊清掃や遺品整理の現場に長年携わっていると、ゴミ屋敷の主眼は常にゴミの量という物理的な重圧に集約されることを痛感します。私たちが現場に足を踏み入れた瞬間、最初に行うのは、その空間に存在するゴミの量を瞬時にスキャンし、搬出に必要なトラックの台数と作業員の人数を計算することです。多くの人が驚かれるのは、わずかワンルームのマンションであっても、ゴミの量が限界に達すると、二トントラック数台分もの物量が出てくるという事実です。これは、生活ゴミが年月を経て自重で圧縮され、層を形成しているためです。一番下の層には、数年前のレシートや期限切れの食品が化石のように固まっており、その上には衣類や雑誌、さらにその上には比較的新しい飲食の形跡が積み重なっています。ゴミ屋敷においてゴミの量は、住人の孤独な時間の集積そのものと言えるかもしれません。身体機能の低下や認知症の初期症状が現れると、これまでこなせていたゴミ出しや掃除が困難になります。また、ゴミ屋敷の住人に対する偏見が、彼らをさらに防衛的にさせ、支援の手を拒絶させてしまうという皮肉な状況も生まれています。現代社会において、利便性やプライバシーの保護が追求される一方で、人と人との温度感のある関わりが失われてしまったことが、ゴミ屋敷という病理を育む土壌となっています。高齢者のゴミ屋敷問題を解決するには、デジタルな管理システムだけでなく、アナログな「お節介」を許容する文化の再評価が必要です。郵便配達員や新聞販売店、宅配業者など、日常生活の中で住人と接する人々が異変を察知し、福祉へと繋げるネットワークを強化することが急務です。住人が誇りを保ちながら安心して暮らせる社会を作るためには、私たち一人一人が、ゴミ屋敷の背景にある孤独という真の敵に向き合わなければなりません。
高齢者のゴミ屋敷住人が増え続ける現代社会の歪み